機関投資家動向
米優良企業の資金調達コストが2009年以来の水準に急上昇する状況にあって、クォンツ投資を手掛けるウォール街のトレーダーは米企業の財務健全性を懸念し始めている。
こうした状況を受け、金融・景気循環を通じた利益創出に定評があり、債務も少ない企業に買いを入れるディフェンシブな戦略が台頭しつつある。質が高く堅調さが最近目立っている分野にはヘルスケアがあり、軟調な分野としては一般消費財が挙げられる。
ドイツ銀行の欧米クレジット戦略責任者スティーブン・カプリオ氏は「金利上昇、成長鈍化、借り入れの大きい資本構造が重なる状況は、リスクテークにとって戦術上、良好な設定ではない」と論じた。
ヘッジファンドのボレオン・グループはデータサイエンスの分野で最高級の頭脳を誇っている。同社の共同設立者で最高経営責任者(CEO)であるマイケル・ハリトノフ氏は、元核物理学者でウェブのパイオニアでもある。本社はカリフォルニア州バークレーにあり、世界トップクラスの機械学習センターの近くという戦略的な立地で、人工知能(AI)の最新の進歩にアクセスできる。
約50億ドル(約7500億円)の運用資産を持つ同社は、究極のマネーマシンを作ることに専念するファンドの一つだ。市場を打ち負かすことを学習できるAIを生み出そうとするファンドの数は増えている。このテクノロジーは映画産業や医療、その他数え切れないほどの分野に創造的破壊をもたらそうとしており、その過程で今年の意外な株価上昇の火付け役となった。ジュネーブの欧州原子核研究機構(CERN)の研究者だったハリトノフ氏は、誰かがその目標を達成することは避けられないと話す。「金融には独特の課題があるが、時間をかければ克服できる」と同氏は言う。
プレクサスのシニアアナリスト、アンドレアス・ボーゲル氏は「今日、AIと機械学習はすでに伝統的なファンドマネジャーと競争できる」と言う。つまり、コンピューターが同じような結果を出してくれるのであれば、高い報酬を払ってポートフォリオマネジャーを雇う必要はないということだ。
AI擁護派は、市場を圧倒するようなリターンを目指しているわけではなく、わずかな優位性を目指しているだけだと言う。そうした優位によってウォール街では数十億ドルを稼ぐことができる。「マネーボール」の市場版とでも呼べるもので、柵越えのホームランではなく、コンスタントに塁に出ることを目指しているのだ。「金融の世界では、50%より少し優れているだけで、大成功を収めることができる」とハリトノフ氏は述べた。
ジェイソン・シュー氏は、AIでできることを考えて転向した1人だ。同氏は昔ながらのクオンツ、つまりコンピューターを使って大量の計算を行い投資先を選ぶ資金運用者だった。多くのクオンツ投資家と同様に、同氏は数十年にわたって市場の動きを研究した学者たちによって開発された、バリュエーションや時価総額などの特徴に基づいて銘柄を選ぶ一握りのシンプルな投資ルールを信じていた。シュー氏は2002年にリサーチ・アフィリエーツを共同創業した。同社は現在約1300億ドルの資産を運用している。
同社の支援を受けてシュー氏は16年にレイリアント・グローバル・アドバイザーズ(RAYLIANT GLOBAL ADVISORS LTD)を設立。そのすぐ後にAIについてのひらめきを得た。同氏のチームが機械によって設計された投資戦略の仮説上の結果を示したのだ。今では同社のファンドのほとんどが、エクストリーム・グレイディエント・ブースティングと呼ばれるアルゴリズムによって運用されている。約170億ドルを運用する同社は、意思決定ツリーの一種を用いて約200のシグナルを解析し、複雑な関係を識別して売買の意思決定を行う。「自分たちを納得させるのに時間がかかった。やっと、『価値を見いだし、利益を得ることができる』 と言えるようになった」とシュー氏は話した。
シリコンバレーの基準からすれば、レイリアントのやり方はほとんど時代遅れだ。しかし、わずか6つの基準に基づいて銘柄選びを始めたマネーマネジャーにとっては大きな飛躍であり、AIが約束する投資の革命の好例だ。
投資におけるAIの応用の多くは、伝統的なクオンツ思考を超高速化したものだ。つまり、従来のアプローチでは「市場で株価純資産倍率が最も低い銘柄を買え」というアルゴリズムが使われていたかもしれないが、AIはそれが特定の業界で、しかも利益成長率がプラスである場合にのみ有効であることを見つけ出すことができるのだ。
伝統的なクオンツ戦略では、日次や分単位のデータセットに見られる雑音を排除するため、月次、あるいは四半期単位で株価を追跡することが多い。しかし、これでは100年以上の歴史がある企業の株式についてさえ2000件以下のデータしか得られないことになり、AIを適用するには限界がある。
ほとんど全てのクオンツが機械学習を試しているが、ボレオンはディープラーニング(深層学習)と呼ばれる最先端の技術を使用している数少ない企業の一つだ。ディープラーニングは人間の脳の働きを模倣し、無数の接続を持つネットワークを作り出して膨大なデータセットから複雑だが微妙なパターンを発見することができる。これにより、ChatGPTが読み方を、アップルの音声アシスタント機能「Siri」が聞き方を学び、車は自動運転を学ぶことができる。ヘッジファンド、ミレニアム・マネジメントの元トレーダーで、ディープラーニングを活用するネオ・アイビー・キャピタルをニューヨークで設立したレニー・ヤオ氏は「市場は時に完全にランダムだ。そういう時はAIも機械学習も機能しない。しかし、完全にランダムでない時には、AIは他の投資スタイルよりもうまく機能すると思う」と話した。
AIを利用する運用会社の多くは、学習したことに機械を単純に適応させるのではなく、新しい手法と確立された理論を組み合わせようとしている。AQRキャピタル・マネジメントは、テキストからシグナルを見つけて確立されている戦略を研ぎ澄ますためにAIを使うことが増えているという。ロベコは、可能なファンドには機械学習を加え、そうでないファンドには「次世代」戦略群を導入している。バンガードは今年、クオンツ株戦略にAIを追加し、市場への適応性を高めた。
世界最大の上場ヘッジファンド会社であるマン・グループでは、機械学習の導入には紆余(うよ)曲折があった。ロンドンを拠点とする同社は09年にこの目的のために博士号を持つ人材を採用したが、このテクノロジーが顧客のポートフォリオに導入されたのは14年のことだった。それ以来、マンは徐々にその活用を広げ、現在ではAIが売買注文のルートを特定し、テキストを売買シグナルに変え、コードを書き、経済分析を要約している。
機械学習は経済モデルに基づいてパターンを見つけることができると、マンのトレーディング部門プリンシパルクオンツ、ステファン・ゾーレン氏は言う。「しかし、それ以外にもあまり直感的ではない多くのパターンを見つけることができる」と同氏は説明。「多くの人には見つけられないパターンを見つけることで有利になるが、一方で新しいパターンがどれだけ信頼できるかは必ずしも明瞭ではない」という。
これは、AI導入の最後の、そして最大のハードルの一つが「説明可能性」であることを示唆する。人間の投資家は一般に、自分のお金について何が起きているのかを知りたがるものだ。もしAI戦略が不調に終わり、ファンドマネジャーがその理由を説明できないとすれば、それは機械の思考が不明なためだ。「それは当然だ。誰もChatGPTに、なぜ特定の言葉を使ったのかの理由を説明しろとは言わない」とハリトノフ氏は述べた。
ヘッジファンド運営会社ポイント72アセット・マネジメント出身のクリス・ラスーサ氏とケビン・コットレル氏は、6年近く運営していた株式特化のヘッジファンドを閉鎖した。また、コットレル氏はマルチストラテジー投資会社のバリアズニー・アセット・マネジメントに移籍する。
以前ポイント72で10年余り一緒に勤務していた両氏は、厳しい資金調達環境の中、8月にニューヨークを拠点とするKCLキャピタルを閉鎖した。
投資家は分散投資による安定したリターンを期待し、単一戦略のヘッジファンドをおおむね敬遠するとともに、より大規模なマルチマネジャーのヘッジファンドへの資金配分を増やしている。これを受け、マネーマネジャーらは自身のヘッジファンドに見切りをつけたり、新たなヘッジファンドを立ち上げる計画を断念したりしており、その代わりに人材の採用やつなぎ止めのために高額の報酬を支払うプラットフォームに加わっている。
米地方銀行の株価の下げを見越した投資が積み上がっている。広がる銀行セクター危機の不安が今春市場を動揺させたが、それをしのぐ水準を示す指標もある。
IHSマークイットのデータによれば、「SPDR S&P地方銀行ETF(ティッカーKRE)」の発行済み口数に占める空売りの割合は37%に急上昇し、今年3月のシリコンバレー銀行(SVB)破綻後を上回った。
米連邦準備制度が政策金利を当面高止まりさせる観測が強まり、債券相場が打撃を受ける中で、投機的ポジションが膨らみつつある。金利が最低水準だった状況で発行された固定利付債や低金利ローン債権を保有する銀行は、さらに大きな損失を被る恐れがある。
Bライリー・ウェルスのチーフ・マーケットストラテジスト、アーサー・ホーガン氏は「米国債利回りが放物線を描いて動く現状では、銀行、特に地銀が置かれる状況は厳しい。住宅ローン金利は8%に向かい、商業用不動産は価値が損なわれる状態が続く。3月時点で地銀の逆風として作用した全ての条件は好転するどころか、悪くなる一方だ」と分析した。
ホーガン氏によれば、米国債市場が安定しない限り、銀行株の市況好転はなさそうだ。「米国債利回りが放物線を描いて動く状況で銀行を経営するのは厳しい」と同氏は指摘した。
ブルームバーグ・エコノミクス(BE)のエコノミスト、アンナ・ウォン、スチュアート・ポール、イライザ・ウィンガー3氏は5日のプレビューで、9月の非農業部門雇用者数が17万3000人増加するとの予測を示した。ただ、1カ月後に発表される10月の数字については、10万人増に伸びが急速に鈍るとみている。
ドイツ銀行のストラテジスト、ジム・リード氏は「当局が利回りをコントロールするためにあらゆる手を尽くしてきた10年半近くが、ここ数四半期でかなり唐突に終わりを告げた。このことを考えると、最近の利回り動向が金融システムのどこかで事故が起こすリスクを増大させないとは思えない」と警告。つまり「リスキーな時代」だと同氏は言う。
国際金融協会(IIF)によると、世界の債務残高は23年1-6月に過去最高の307兆ドル(約4京5700兆円)に達した。金利上昇は、各国政府が借金をする際に出費がより多くかさむことを意味する。今年8月までの11カ月間、米国債の利払いは総額8080億ドルと、前年水準から約1300億ドル増加した。
サマーズ氏は「これは良好な数値だと認識しなければならないが、ソフトランディングの保証のようなものだとは言えない」と語った。
さらに「かつてのように金利が経済を導く手段ではなくなりつつある世界にわれわれは生きているのかもしれない」とも述べ、「つまり状況を冷却化させる必要がある際には、金利はこれまで以上に不安定にならざるを得ないことを意味する」と続けた。
欧州系投資ファンドのEQTは、今後2-3年内に日本で30億ドル(約4480億円)規模のプライベートエクイティー(PE、未公開株)投資を行う方針だ。アクティビストが企業への圧力を強めている今が業容拡大の好機とみて、日本を「アジアで最優先の市場」と位置付けている。
サラタ氏は「われわれはアクティビストではなく、企業価値向上を支援する長期投資家だ」と強調。「従って、アクティビスト株主からの要求に苦慮している企業にホワイトナイトなど友好的な投資家として関わることで、解決策の一部になることができる」と述べた。短期的利益を求めず、非上場化により成長を目指す企業や、事業承継問題を抱える企業も支援したいとした。
スウェーデンに本社を置くEQTの運用資産残高(AUM)は6月末時点で2240億ユーロ(約35兆4000億円)。21年に日本に進出、22年にはアジアの同業ベアリング・プライベート・エクイティ・アジア(BPEA)を買収した。BPEAは日本でパイオニア、武州製薬など9件の投資実績がある。日本での投資は当面、22年に112億ドルを集めたアジア向けファンドから拠出する予定。
PEとは別にEQTが日本で投資する不動産、インフラの2分野についてサラタ氏は、今後2、3年で計10億ドル程度の投資を見込んでいると述べた。政治リスクや不動産市況の悪化が意識される中国についてシンディング氏は、中長期的に有望とみているものの、足元の情勢が落ち着くまで新規投資には慎重に対応する考えを示した。
ドイツ最大級の不動産投資会社コメルツ・リアルのヘニング・コッホ最高経営責任者(CEO)は「調整のスピードが著しい」と指摘。「ドイツ不動産市場のリセッションは1年半前に始まり、ここ2-3カ月は開発業者の破綻がいっそう増えている」と述べた。
シティグループのクオンツストラテジストは、より高くより長くの金融政策にもかかわらず成長株は長期的に有望だとの見方を示した。成長株は景気後退に対する耐性が高いと説明した。
最近の債券利回り急上昇を受け、ハイテクなどの成長セクターはバリュー株優位の中で敬遠されているが、ホン・リー氏をはじめとするストラテジストは、2024年に世界的な景気後退の可能性が迫っていることから成長株を選好している。
リー氏はリポートで「引き続き、長期的には成長株を選好する。全体的なマクロリスクが小さく、リセッション(景気後退)的環境で下落に対する防護力が大きい可能性がある」と論じた。「一方で、一段の金利上昇という短期的なリスクは完全に認識している」と続けた。
金融業界では、1987年との比較は決して歓迎されない。同年10月に起きたブラックマンデーの暴落は、いまだに最も悲惨な一日として市場の歴史に刻まれている。
このため、現在の状況がブラックマンデーの数カ月前に酷似しているとの指摘は少しぞっとする。筆者に最近届いた3通の電子メールが、この不吉な年に言及していた。
1通は、ソシエテ・ジェネラルの超弱気派ストラテジストとして長年知られているアルバート・エドワーズ氏からのメールだった。だが、債券利回りが上昇する中でも株高が進んだ今年の展開は87年を想起させると指摘したのは同氏だけではない。
インタラクティブ・ブローカーズのスティーブ・ソスニック氏は「自分が金融業界に入った87年は、年の大半で債券が弱気相場に落ち込む一方で、株価は大きく値上がりしていた。もちろん、それが急激に反転するまでの話だが」と振り返った。
株式相場が20%下落した87年10月19日に債券利回りの反転がどれほど急激で、今年とどれほど似ているかを説明するために、以下のチャートを紹介したい。両年の年初からの米10年債利回りの動きを重ね合わせたものだ。
エドワーズ氏は電子メールで、「上昇する債券利回りに対して株式相場が底堅いという現在の状況は、株式投資家の強気が最終的に押しつぶされた1987年を強く思い起こさせる。87年は為替の乱高下が株式市場のリセッション(景気後退)懸念を悪化させるのに大きな役割を果たしたという点も似ている。87年と同様に、景気後退の示唆が少しでも表れれば、株式への壊滅的な打撃になることは間違いない」と論じた。
AQRでは複数のシステマティック取引を組み合わせたアブソリュート・リターン戦略の運用成績が9月にプラス9.5%となり、年初来リターンはプラス19.6%に達した。事情に詳しい関係者が匿名で語った。
カナダの投資会社ブルックフィールド・アセット・マネジメントは、同社最大規模のプライベート・エクイティ(PE、未公開株)ファンド向けに120億ドル(約1兆7900億円)を調達した。
世界のファンドは9月に中国株保有を一段と減らした。容赦ない売りが続いており、中国株の持ち高平均は2020年以来の低水準となった。モルガン・スタンレーが指摘した。
ギルバート・ウォン氏らストラテジストのクオンツ分析のリポートによれば、中国株と香港株で運用するロングオンリーのアクティブファンドからの資金純流出が9月に32億ドル(約4800億円)に達した。投資家の解約とファンドの持ち高調整が主な要因。流出が30億ドルを超えたのは2カ月連続だった。
ティー・ロウ・プライス・グループとオーク・ヒル・アドバイザーズは、急成長するプライベートクレジット市場での機会を生かすため、米国の裕福な個人投資家を対象としたファンドを立ち上げる。
ブルームバーグ・ニュースが確認した発表資料によると、ティー・ロウOHAセレクト・プライベート・クレジット・ファンド(OCREDIT)は既に15億ドル(約2250億円)の投資可能資金を保有している。これには、ティー・ロウと世界の機関投資家グループからの6億ドル余りのエクイティーコミットメントが含まれており、現在は個人向けに募集を開始しているという。
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